モヤモヤを考えたらヤバイものを見つけた

http://hibi-zakkan.net/archives/25970181.html

フェイスブックでこんな記事がタイムライン(ニュースフィードというのか?)に流れてきた。

福島県の観光協会さんが観光客を呼ぶために色んな取り組みをしていること、
被曝のことを語らないまま無かったことにしていいのかという内容。
福島県内の高校のプールから10万ベクレルの汚泥が見つかったことも同じ記事内に書かれていた。
このブログは、震災後色んな情報を載せてくれてみんなにも役に立っていると思う。
こういうブログは、情報があちこちにあるのを拾うのにとても役立つ。
感謝している。

さて、最近の私はちょっと心にモヤモヤがある。
この記事と寄せられるコメントに、またモヤモヤしてしまったので思ったことを書いておきたい。
この記事を見た私の心配事は

まず、
無かったこととされて、知らずに被曝するということ。
たとえほんのわずかでも、一企業が起した事故による放射線で必ず被曝する。
やってくる人は、皆承知の上なのだろうか。

もうひとつは、
記事の書き方。
プール底の汚泥の線量が日常触れる放射線だと勘違いされないか。
自分の持っている放射性物質への知識が、人に伝えられるものなのか、
自分が発信したものがどういう影響をあたえていくのか、
これは願いを叶えることを手伝える内容になってないかもしれん
「10万ベクレルもあるのに住んでるなんて!」という話しにならんか。
それに、プール汚泥の線量は、持ちかけてる問いの説得力を増す材料ではない。
結果、「ほら、放射性物質を理解してないヤツらが反対してるだけですから」とか。
じっさい、私が言ってない無知識な危険騒ぎが私の足を引っ張ることもある。
(自分の足下では数ミリのズレも何キロも先では大きなズレになるのを想像して欲しい。
見逃さないで。)

そして大問題は、
対処も考えも曖昧なまま人を集めようとしている所だと思う。
仕事は良心あるプロの意識で行なわれるものだと私は思う。
皆さんにおいでいただくには、おもてなしするには、放射線のことを黙っているのは不自然だ。
しかし、事態は複雑である。「あ、そりゃそうですよね!」と思ってもすぐに行なうのは困難だ。
それに、どうやらマジで「安心だ」と思ってる人もいる様子。
呼んじゃダメだからやめさせるのではなくて、
そうしたいのなら、やらなければならないことをみんなで考えるといいなって思う。
ダメから考えては同じテーブルに付くことも出来ない。
私は、観光協会の人じゃないから、私が出来ることを考える。
つい、人がやるべきことを考えてしまうけど、それでは進まないって2年でわかったから。
私に出来るのは、どうしてこんなことになるのか深く考えることだと思う。

う〜ん。
考えようと思って手をつけたらこんなことをが頭をよぎった。
観光客を呼んではならない場所。
多くの人がそこに住んで欲しくないと思っている場所。
海外に住む友人から「ミサトも避難して欲しい」と言われたことを思い出した。
日本の今の状態を見れば、原発が爆発してまだいつどうなるかわからない状態で、
放射性物質に汚染された食品が流通して選べない状態にあって、
50以上の原子力発電所に囲まれ、大地震が心配されてる日本で暮らしていることは、
海外で心配している人にとっては理解に苦しむと思う。
危険度からすれば、今すぐ続々と海外脱出家族が増えてもおかしくないはずだ。
なんとなくのイメージで岐阜県なら安全だとする線引きは、どうして出来るのか。
外国に住む人は、自分の住む場所が安全だと線引きすることがどうして出来るのか。
「どうぞ、日本にいらっしゃい」って、いいのか?
同じ道理なら、鎖国すべきなのでは?
「ごめん!いま、日本は原発が爆発しない補償は無いんだわ!事故原発も全然終熄しとらんのだわ。
食品にも放射性物質が混じって流通しとるで!ちょっと、今は来んといてくれる?特に子どもは絶対ダメだよ!」
これが日本のとるべき行動だよね?
じゃないか?

私が日本に住むのは、
放射性物質の影響について私なりに勉強した結果、自分で考えて許容した決心だと言うと思う。
これに「ぜひとも移住すべきだ、親として責任が無い」と言われても変わらない。
じゃあ、どんな条件なら海外へ移住出来るだろう。
母親の病気に移住先でも金銭的なことも含め対処出来ることと、
家族がその地で自分の納得する人生が選べる状態であるかどうか。
条件が整えば、もともと海外で暮らしてみたかったので放射性物質の心配が無くても行くと思う。

ああっ、でも、地震と他の原発の心配では、ここにいるのはオタンコナスだと思う〜。
うううう〜ん。

これは、福島県に突きつけられている問題じゃないなあ。
なんだか、「あそこの人たち」って思っていなかったか?
一緒じゃないか。私だって立場は。

ちょっとぐるんぐるんするので、この記事に戻る。
必要なのは、
〈放射性物質に付いて勉強する〉
どこにどれだけの放射線があるのか、そこへ行く選択は個人の責任であることを知っておく。知らなければ判断できない。現時点では、放射性物質の影響で何が起きるかわからないので、専門家の間でも見解も対処もバラバラ。自分で考えるしか無い。

〈知識の無い人に記事や写真が読み込めるのか考えて補足する〉
TVでも、新聞でも、個人のブログでも必ず何らかの意図がふくまれる。
情報というのはそういうものだと思う。
鵜呑みにすること無く複数の情報を見て、必要だと思う足りない所を補足する。

〈自分の望むことを叶えるために物事を整理して考える〉
「事故で放射線が高くなっている地域に住まわされるのは理不尽であるから避難させて」
「子どもを被曝させたくない」
「子どもを守るのは親の責任だから、移住の決断をして欲しい」
そうするためには何が必要か。
もう事故直後ではないので、インターネットで叫ぶのにも知恵をしぼらないといけない。
何が本当に、なかったことにさせるのか。
国がさっさと動かないのなら、国に働きかけるのと同時に私たちが行なえることはないのか。
どうしたら、なんとか納得して、できれば心の痛みを少なく安心してその地を離れることが出来るのか。
年齢や個人の様々な条件を考えると、国が指示する強制的な全員避難も理不尽だと思う。
必ずそこに住む人が居る。けど、霞は食えない。生きていく方法が必要。

私は、さっさと臨機応変に行政が動けなくなった原因の一つは、私たちの要求が善悪に執着して本題を見失ってきたからだと思う。「悪いことをしている」それを止めさせることだけに注目してその後を考えなかったからだと思う。
放射性物質への心配事や対処が話し合えないのは、正義を追求することに焦って、心の迷いに耳を傾けたり、勇気が(本人にてってはスーパーマン並みなハードルの高さであっても)無いことを非難したり、とても安心して相談出来る状態じゃないからだと思う。

私は、放射線から人を遠ざけるのを目的にしていない。
【誰もが、しあわせを感じて生きられるように】を目的としている。
そこに行き着くのに、被曝や原発の問題があると思っている。
希望を持ってイソイソと選ぶには何が必要で、何が妨げているのか深く深く考えたい。
そのために行動している。

この記事について書こうと思ったらひろがってしもた。
最初はこれ書こうと思ったんよ。
勉強の機会をもっと増やそうよと。
自分を磨いて出来るヤツになろうぜ、と。
で、ほら、ずるい!ほら、正しくない!の間違い探しがもうイヤなんだ。
だって効率悪いもん。
なんでこんなに効率悪い方法ばっかり、ず〜〜〜〜〜とやってるんだろう?
それは、なんで?

※汚染のある観光地に行って、どれくらい放射線を浴びるか、内部被曝はどの程度になるか教えてくれませんし、そもそも食品も数値が出ていないので 算出も出来ません。それを許容出来るのかは現在ではまったくの自己判断しかありません。旅行客は進んでそこへ向かうので自己責任です。
●だから勉強の機会をもっと増やそうよ。

※今、放射性物質は単体でなくチリとかにくっついているから、沈殿したり雨水に流されたり、風に吹かれて集まっています。
集まった所は放射線量が非常に高くなっています。
そういうものは、気をつけて避ける必要があります。
10万ベクレルの中で生活しているわけではありません。
尾ひれの原因にならんよう間違えないでね。
プールは事故後触らずしっかり放射性物質が貯まっているので当然の高線量やでね。
●だから勉強の機会をもっと増やそうよ。

※福島県に触れる情報は、全部自分の願いを叶えるツールになります。(どんな情報にかぎらず)気転を利かせて良い機会に。これは、情報のコントロールにひどい目にあったので、発信される情報を制限するのでは無く、自分に主導権を持つことを鍛えたい。どんな情報であっても、全ての出来事を使いこなす「猛獣使い」に私はなりたい。私は先に死んでしまうので守れないから、私の子どもたちにもそうあって欲しいです。
●だから勉強の機会をもっと増やそうよ。
「サザエさんの使い方」
http://www.mikanblog.com/?p=3652

あと、これは好みの問題でまったく気にしてもらわなくてもええけど、
サザエさんにしても、大河ドラマにしても、ヘラヘラ考えたものだとは思わない。
それに霞は食えん。現場はみんな必死だとおもう。
ちゃかしたり、皮肉も嘲笑うような態度も、わたしは好きではない。
というか、ものすごくはしたないので私はしたくないと日頃から思っている。
そういう記事のRTはツイッターで頼まれてもしない。
(あ、内容になっとく出来ないものは誰のお願いでもRTせんけどね。)

「叶えるためには何が必要か」その視点でこれからもはりきってまいりますぅ。

【追伸】
「ああっ、でも、地震と他の原発の心配では、ここにいるのはオタンコナスだと思う〜。うううう〜ん。」
これについては、すごいものが心の底にありそうなので、気を引き締めて別の日に考えます。
こわいよお。

べつにええよ。
なんか、まどろっこしいわね。
この日記。やなかんじだ。

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