フェイスブックに書いたことを転載

核融合実験が始まったんで、このころにわかにwebがさわがしく、
直接いくつか連絡ももらい、説明するもじゃかじゃか怪しい不安記事がネットにあふれて
あげくに住人の代弁者まで出始め(私が住人です)、日頃からいちいち確認しないで大騒ぎするのにちいとなんとかならんかと思っていたので、なんか心メラメラしましてね。
深呼吸を数日してから書きました。

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(東日本大震災の原発事故から)6年。
その間なんでちっとも反対や要望の声が届かないか、あらゆることを考えて「情報をしっかり伝達し合う」「訂正が心置きなく伝えられ共有できるよう」「緊急事態に変わりないし、ハードルを低くして関心を持ってもらえるように、自分を通過するときにできるだけシンプルにして、もっと知りたい場合は調べてもらえるようにリンク先をつけたりしてきた。

何度もなんども同じような間違いが流れて、
そのたびに根気に訂正してくことを続けていかなきゃねーなんて話し合いながら。誰もが通って来た道だから。


間違うことや、知らないことは、ちっとも悪くない。
ほんとうに悪くない。
馬鹿にされたりうんざりされたりして、もう何も言わない考えないってなっちゃうほうがとっても困る。

だから、一生懸命放射線の本を作ってきた。
福島県の二本松市の本は(今小中学校の授業で使われている)みんなで共有できるようになるために作ったけど、なかなか市のwebでは発表されなくて待ち続けている。
(とても頑張ったから悲しい気持ちでいる)
こども全国ネットさんと作った「ほうしゃのう きほんの・き」は先日の投稿で110シェアを超え(それまで勉強のことは人気がなく悲しい気持ちでいた)とてもとても嬉しかった。

でも、さすがに折れることもあるぞ。
いつも根気良くもないしな。

わたしは自分が答えたいし話したいから投稿するけど。
対話をしたいから、まず先入観をすすぎ落としておいてほしい。誰と話すときも同じと思う。
で、聞いたままで信じちゃだめだ。
代弁は頼まれないならしなくていい。
自分の権利だけでも戦えるし話し合いは進む。
逆にそのほうが間違いや混乱が少なくいいくらいだ。

反対意見を出したり真剣に話し合わなくてはいけないときは、価値観や思想、習慣も常識も違うことなどから意見の違いが生まれてくる。「これがしょうこだ!」「このもんどころがめにはいらんか〜!」ってお互いやりあって全く効果がないのは当然すぎる当然でしょ。こんなに通じ合わない方法を有効な手段として選び続けるのかい?でさ、自分が自分の人生をどう生きるかって権利の尊重は誰にも共通して通用する考えでしょ。

私たちは思い出さないといけない。
すごくかわいそうで死にそうな目にあったり病気になったりしなくても、誰かが行うことによって犠牲を押し付けられたりしない権利を持ってる。自由の権利。
加害者が撒き散らした放射性物質を避けるか避けないか加害者が決めることじゃない。加害者は被害者が選択したら全力で被害者が納得がいく満足の状況に近ずけるいく努力をし続けないといけない。
被害者の我慢や苦労で加害者のするべきことの不足を埋めてはいけない。
除染は無理じゃない。どんなに天文学的数字になってもやろうと思えばできる。放射線を遮蔽する方法だってある。(どこまでで納得するかは本人以外が決めることじゃないが、できる限り低く持っていけるよう応援はできるはずだ)
「あなたの人生に天文学的なお金はかけられないから」除染はできない。ってとこ、しっかり見ろってんだ。
これもみんなが嫌いな金勘定だよ。
命は、命の生きる人生は、金勘定に負けるって認めちゃってどうする。

具体的にどうしたいから今の行動があるか、もっと考えてほしいと思う。
未来のこどもらが私たちの真似をして、対話も理解も努力せずNOだけ持って話し合いのばに挑むとどんな苦労があるか、その間こどもらが被爆し続けたのをまた繰り返したら?
ひどいめにあってる証拠や、善者悪者認定ができないと助けてもらえない世の中を続けるの?不可能なほうが多いのを散々体験してるのに?
どうしたら政治の場で話し合ってもらえるか、どうしたらより関心ごととして日々の生活の中で考えていけるか、そのワンクリックやコメントがどのような影響を起こすのか、ぜったいいっつも必ず、とは言わないけど、ときどきは考えてくれないと、
あなたのその行動で実際は何が起きるん?なにのどこ目指すん?

ミサト、泣いちゃう。

激しく効率が悪く、ややこしくふり出しに戻るような気持ちになって心ざっわざっわしちゃうんだ。
もっと自分に引き寄せて考えて。
人の立場になって考えるってのも要るけど、自分がしたいことで人を犠牲にしないっていう世界の大原則をしっかり覚えてれば、自分に何が起きるか、自分だったらどうなるのかと、自分のことで考えればいい。行動がリアルになるから。
『あなたの生きたい人生を遮るものにはあなたの希望を見せてお願いして、その切望が丁寧に扱われて叶う方向で話し合われる』
放射能も基地も戦争もいじめられることも、この世界の全部全部それがされないから痛み苦しむ。

「わるものだ!」「間違った思想だ!」「死人が出る!」ってことはわりかし、その話し合いには要らない。

もっともっと、わたしたちひとりひとりの「しあわせでいること」に価値を思い出してお金も時間も思い合うこともたっぷりあてがえるようになるにはってことをがんがえるのがええんじゃないかと思う。
今のやり方だと100年先も反対のプラカード持って毎日通わないかんやん。今は必要でももっと進化したやり方を残してかな。

政治は暮らしをよくしていくこと
反対運動も議論もコミュニケーションのため
先入観は脱いで話し合いの場に望むのが近道
(しあわせのためなら)
わたしは自分のつもりと違うことに弱いので、
折れて取り乱すこともあるけどどなたも発言はやめないで
でも、出来たらもちいと考えて欲しいと思う。

ていう気持ちのわたしが、いまここにいます。
ぐにょぐにょするね。
そしてまたはりきったりもするね。
わたしも誰も彼も、みんな正しくはない。
でも、互いに愛されて大切にされる、そんな風なんだと思うよ。
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聞きたいことしか聞きたきない、知りたいことしか知りたくない、
そういうもんだとは思うわよ。
私は誰かや何かを悪者にしすぎても願っていることには届かない気がする。
どうやったら届くか考えないなら届かなくてもいいんじゃないかって思う。
悲しい気待ちになった、3月の9日であった。

MUJINA in the hole.

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