出来事は分泌している

このまえ、メッセージの返事がこないって友達リクエスト受けた人からブロックされたのよ。

メッセージが届いた時に赤いお知らせマークがつくでしょ。時々つきっぱなしになるんで見に行かなかった。それにしても一時間半しかお待たせしてってないのになって思ったんだけど、そう思う人もおるので一時間半が短いか長いかは、どっちが普通かとか考えるのはよそうって思ったんだわね。
でも、なんとなくちょこっと気になってざわざわしてたんだわ。

そして、今朝ツイッターで友達が、話しかけられお返事したのが反映されていないのを発見してて「知らないうちに、シカトされたと誤解されているかも」って呟いてて。

で、思ったんだわね。
今は、なんでもスイスイ思ったように出来るでしょ。
手違いや間違い、不便をなくすのはとてもいいことと思ってはりきって良くしてきたんだけど。
「手違いや間違い、不便はある」つもりでいれば、そういうこともあるよねって受け止めるけれど、「間違いや手違い、不便はない」ってつもりだと憤慨しちゃう。
じつは、間違いや手違いや不便には役目があって、思うようにならない時に「そういうこともあるかもね」っていう潤滑油を分泌していたんじゃないかなぁって。

でさ、何を思ったのかまとめると、
『出来事には気がついていない役目があっていろんなものが分泌されている』から『一面だけ見て無くしてしまうのはもったいないかも』でも無くすメリットが大きい時は『何を分泌してるか研究して意識して補うとよさそう』って思ったのね。
んで、やっぱりこの世は複雑で精巧にできているなぁって感心して『出来事を自分からだけ見て人となりを判断できないんだよな』ってあらためて思ったってこと。

すっきり^^

(イラストは豊富な在庫から引っ張り出してきた)
 

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