とにかく互いに愛して感謝しとけ

バリ島のアグン山噴火警戒の記事を探してて
オバマ大統領のおかあさんが、ジャカルタで女性の人権を求めていく活動をしていた。5回にわたって記事がまとめられてた。
http://www.jakartashimbun.com/free/detail/32903.html
日本も含めアジアではまだまだいたるところで女性や稀な特徴を持つ人が不自由な思いをする事が続いている。(それに馴染んでいたとしても)わたしは求める人には道が開けるといいと思っているので興味深く読んだ。

中にこんなのがあった。

『記録は詳細な村史にも及ぶ。その一期間、村民が言うところの「日本時代」(日本軍政の占領時)には、こんな「事件」があった。
 日本軍は、ジャワで接収した大量の農具やくず鉄を村に運び込み、鍛冶職人に武器づくりを強制させる。だが農具不足による食糧減産を招き、自分たちも食べ物に窮すると方針を一転。逆に壊れた武器類を村に運び、「人道的に農具製作を奨励したのだった」(アンの著書より)。
 独立後の日本との関係についても紙幅を割いている。JICA(当時は「国際協力事業団」)が各地の鍛冶村で行ったスプリングハンマー(鍛造機)の試験導入を前向きに評価。「先進諸国の中では日本が唯一、インドネシアの農村で使える適正技術の開発に関心を持ってきた」と指摘している。』

日本軍がインドネシアでしてきた事は色々と耳にする。そもそもどこかを植民地にして自国の考えを展開するなんて暴挙はあってはならなかった事だと思う。事情とは別に、間違いは間違いだと思う。
日本人は他国の支配下にあった中では文化を尊重してくれたという話も聞いた。なんどもバリ島へ通うけどバリ人から責められたことはない。けど、こんな事が記録されるほどめちゃくちゃなことをしてきたのだと思う。それはあってはならなくて馬鹿げてたけど当時は止められなかった。

人はどんな状況でも明るく生きる能力を持っているのだと思う。かすかな希望を大きく膨らませることもできる。それで生き延びる。出来事を越えて生き延びる。わたしは戦争での体験はないけれど、そうした人の繋いできた環境の中で生きている。頑張ってか自然にか出来事を終わらせてくれた人たちのおかげで。その部分がどれほど大きく広いことかと思う。ここ、大事なこと。いまの状態は奇跡。わたしがインドネシアで暮らせることも、日本で外国人が暮らせることも。「とにかく互いに愛して感謝しとけ、よく考えろ、信じられないことの積み重ねなんだぞ」と、なんかに言われてる気がするわ。
※イラストは想像する「なんか」

何があったのか、何がどれ程悪かったか、誰が誰に詫びなければならないか、検証されていくといいと思うけどそれが全てではないと思う。互いに許し合ったものすごく多くがあった。膨大なそれがあって、いま残され溢れてることがやらかしたこと納めてくれたことに比べどれほど少しのことか。

終わりがない丁寧な後始末と二度と繰り返さないで互いに考え合う終わりのない平和活動は休まず続けていくのだと思う。わたしの日々の中でも。

とか、おもった。
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オバマ母のことの記事は下記に
http://www.jakartashimbun.com/free/detail/32903.html
http://www.jakartashimbun.com/free/detail/32915.html
http://www.jakartashimbun.com/free/detail/32946.html
http://www.jakartashimbun.com/free/detail/32964.html
http://www.jakartashimbun.com/free/detail/32977.html

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