愛する人が生きること死ぬこと

私は治らない病気を抱える身内が居て、すごく愛していた。
ずいぶん世話をやいた。干渉もした。
けれど、苦しめたこともたくさんある。
それで、
わたしは死にたいのならそれさえも受け入れようと思った。
生きることよりも死ぬことをに注目していたいなら。
(死にたかったわけでないが)

引き離した。離れていくきっかけを作った。
私はもっともっとと要求する。間違えはじめていた。
それは、その方が気持ちが良いだろうと思うから。
けれど、それは私が決めることではない。
私は黙っていられない。
願いが強すぎるし、望まない人には影響も苦しいと思う。

今はぶっちゃけ、好きにすればいいと思う。

のびのびやればいいと思う。
それがやりやすく、肯定しながらそれでもやっていいい?って聞きながら自分のしたいお節介をしたい。
あなたのためじゃない。私のためにやっていいですか?
気に入ってくれる?楽しめそう?
ああよかった。
何が足りない?それならこんなことも出来るよ。
全然無理じゃないよ、よかったらここまでやってみない?

そんなふうでいい。

死ぬまでたのしかった?
心から満喫できた?
わたしもたのしかったよ。
おたがいさまやね。

長い短いじゃない。

そう思っている。

病気だった妹は死んでしまった。
私は側にいなかった。それも後悔はない。

そのままでええよ。
何もかも全然問題ないよ。
そういって側にいたかった。
今の私ならできたね。
すまんかったのぅ。
向こうであったらそういうつもり。
出来なかったことを悔やんではいない。
だからこそ出来たこともあるから。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
リアルきゅうりちゃんと妹。

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