6年共存した腫瘍ちゃん

原発事故前から、甲状腺に腫瘍がありまして
のびのびと成長していよいよ6センチに届きます。(とっくに6センチだと思ってたら5センチ5ミリくらい)
器官を押してきてて器官がへなっと曲がっちゃったのでもう限界の様子。

私が福島県へ出入りし始めた頃は、ヨウ素ちゃんもいなくなった頃なので原発事故由来で育ったわけではないんですね。
たぶん。

知らされていなかったけれど子どもの頃被曝したせいなのか、喉のチャクラがうんぬんとか言われるけど、何なのかはわからない。

私の喉には甲状腺腫瘍がある。
甲状腺疾患を専門にするお医者さんたちの過去の経験から、甲状腺腫瘍を切り取って甲状腺がやっていた仕事をお薬に代わってもらうのがいいと診断されている。
そうなのかな?切るしかないのかな?
そのままにしておいて、もしか死んじゃってもそれってダメなことなのかな?
甲状腺腫瘍があることを私にどう影響をさせたら自分の人生をより思い通りに生きられるのかしら?そう考えることにした。

6年前は良性腫瘍だった甲状腺腫瘍ちゃんは切るって決められたから取ってから、新しくできた腫瘍ちゃんは来週、良性かどうか検査する。
たぶん、私の甲状腺ちゃんはドキドキしているかもね。
抹殺されるか半分残されるか。
いや、甲状腺の中の細胞ちゃんは「や、ぼくたちもっと短いサイクルで死んでるからだいじょうぶ〜」とか思ってるかもしれない。
私の体もそう思っているのかな。私のいのちは体という器を作るたくさんのいのちが日々入れ替わり立ち代わりして維持されている。
「ぼくたちミトコンドリアなんて毎日膨大に死んで生まれてるからっ!」
いのちってなんでしょう?
誠意一杯体験してエンジョイして生きる終わる。

いのちが惜しいのは、残した子どもらにまだ何かしてやれるかもしれないと思うからで
けど、私の母は死んでしまってからも生きている時と変わりなく、私にしてくれている。
私が居なくなるからといって、損失があるかというとそうでもない気がする。
望む死に方はあるけれど、あなたの人生はここまでですよと決まっていてもいいような気がする。
ならば思うように生きとこか。

ミトコンドリアと私の、いのちの差がわからなくなっている柚木でございます。

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