ぜんぶおなじ仕組みじゃん?

私は広告の仕事をして来たけど
ここ十数年、頂くお金がすごく少なくなってる。
とくに、行政の仕事。ひっくり返るお値段。赤字必至なの。

たとえば、何かのポスターをつくるのに、
何社かでデザインの提案をする。
それを提出して選ばれた所が晴れてお仕事をさせてもらえるという仕組み。

行政

広告代理店(もしくは印刷屋さん)

デザインプロダクション

私(イラストレーター)

お仕事がやってくる流れはこんなふうが多い。

提案料一社〜万円で提出だったのが
今はタダになった。(ときどきプロダクションや、代理店がごめんね、っと出してくれる)
制作費が安い所が選ばれるようになって、値段競争に入る
私が泣くだけでなく、痛み分けとなってみんな泣きながらの作業になる。
結果「これでもできるじゃん!」と、どんどん安くなる。
そして私は自らの首を絞めるのに加担することになるわけ。

これらの大きな原因は、【市民からの要望】である「税金の無駄使い」を無くす心なんだけど、やりやすい所から行なわれる。辿っていくと「税金の無駄遣い」の穴埋めは市民のもらうはずだったギャラで埋められてることになる。で、制作チーム集まっては「私の収入で節税するんじゃねえ」などとクダを巻くのである。言っておくが、ここでは無駄使いじゃなくってちゃんとお金が使われてる。そもそも、お金というのはメリットの分だけ支払われていれば無駄じゃないんだ。得るもの以上に支払われてるか、必要の無いものにかかるお金を無駄遣いというのだ。

ところが、他のプロジェクトでは提案競合もなく、年間の予算を使い切るために数百万の予算ありきで進められる。

行政

その事業の専門コンサルタント

代理店

印刷屋さん(☆)

私(イラストレーター)(☆)

外注さん(☆)
(☆)が制作チーム

これも、お仕事が来る仕組みは同じだけど、打ち合わせで配られた企画書に、700万の値段が書かれてた。予算を使い切らないと次の年にその分減らされてしまうから。私のチームに振り分けられたのは総額100万円。
だから、内容も求める事が真剣じゃない。目標は「予算を使い切る」こと。ついでに、どうせなら役に立つものを。
私は気持悪くなって、適当にフリー素材から寄せ集めようとした計画を阻止して、オリジナルで作ってもっと使えるものにしましょう!と、打ち合わせで暴走提案してお値段に近づけるという、ワケのわからない展開になった。

無理なスケジュールを受けて来たり、つくるものによって打ち合わせの回数や方法も変わるのに、お役所さんのスケジュールをやみくもに尊重するから無茶になる。(私らのふだんとテンポが違うし)
案の定、抜き打ち監査が入ることになって急遽内容も決まってないのに描きあげなきゃならなくなって徹夜が続いた。先生に見せるためにメチャクチャ書いた夏休みの宿題みたいで誰のためにもならん。後で全部やり直した。(この料金は印刷屋さんがかぶることになったので請求しなかった)

それからこんなこともある、数年続けて同じプロジェクトで関わるとメンバー総入れ替えになる。
市民から癒着や利権を疑われるから。(と、説明を受けてる)
一年で理解しあい育て、二年目でもっと大きく広がり、3年目で花開き実を付けるような事業もあっさり収穫前に振り出しにもどされる。これはもったいない。これも税金の無駄遣いだと私は思う。

「ひどい」と文句をいいながら、無茶に対応しながら作っていった。
でも、無茶ってどうして起きるかと言うとNOって言わないから。
仕組みを変えないで、つじつまを合わせようとするから。
役所の人も決まった仕組みを変えられない。(浮世離れしてるのもあるが)
制作の現場を知らないから苦労もわからない。
制作の現場を伝えようともしないし、誰も変えようともしない。
仕事が欲しいから意見が言えない。
誰もが、
自分の損得どうこうよりも、自分が正義を通す事でかける迷惑を思って黙る。
いわゆる思いやりの心なのね。「お世話になった〜さんが困るから」これが大きい。
わたしも、今までは「〜さんのためにがんばる」という仕事をいくつもした。

だからさ、これに関わった人たち、みんな基本「いい人」なんだよね。
みんな「いいこと」のために動いてるでしょう?
市民は、予算の使い方を指摘、癒着、利権を監視
行政は、節約をする、癒着利権が発生すると考えられる状況を回避
制作チームは、思いやりを持って助け合った。

でね、何がいいたいかと言うと
ワルモノはおもったほどおらんのだよ。私たちの仕事の仕組みも政治家たちのそれと変わらんのだよ。こんな事が続けられれば自分たちが困るのに。
この仕組みと心が、今日本に起きてる全部の問題の原因だと思うよ。
そして、心が猾いとか私利私欲で発生した行動じゃないから、それによって、未来に引き起こされる問題への責任や、改善する必要が身に迫ってないんだ。
自覚がないのがいちばんやっかい。
改善も闇雲にしたら逆効果だということ。想像力を持って行なわないと。

んで、私はどう変え始めたかというと、納得出来ないデザイン提案は不参加。
出来る限りその考えを話す。
ふたを開けてみたら本意ではない仕事はできる限り、空気読まず引き上げる努力をする。(かなりめんどくさいヤツになる)
私は、私が、で考えるようにしたい。良心あるニーズによって世の中は出来上がると思う。倹約すべき所、ちゃんとお金を使う所も考えたい。
得るものの対価として「アリガト=お金」が決まる。自分の仕事にその価値があるのか、そこにイラストは本当に必要なのか、そもそもそれをつくる意味はあるのか、真剣に考えている。

今、私の中の全てがしあわせに向かっている気がする。そこはとてもいいと思う。

もちろん、中には私腹を肥やす腹黒いヤツも居ると思うけど、私たち一般人から見ればほんの少しだ。みんなが変わればワルモノで居られなくなって自然消滅するはず。

コメント (1)

  1. ぎすやん より:

    私は準?公務員です。行政職ではないですが。今、公務員の人数はどんどん減らされています。その理由として「仕事を民営化することでコストが減らせる」と言われるのですが、私には理解できません。いわゆる「現場」に近い職種から減らされていくし、その仕事を「民間」で安くこなして下さいということ・・・結局、弱い者にしわ寄せが行くってことだと思います。ホントは、変な仕組みを変えること(仕組み?)が必要ですよね。

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