なにでだれが測るんか。
心が決めて、心が受けてることを
他人が線量だけで測るのは無理じゃ。
放射線測量機で測っているのは、線量でなくリスクと希望なんだよね。
そこには、心や、背景(その人のもつ他の全てだ)で計測したリスクと希望も合わせられてるんだよね。
木村真三さんは、考えた末に「年間5ミリシーベルトまでなら、何とか我慢して住めるのでは無いか」と言っている。
「何とか我慢して」は、心や背景の計測も考慮に入れて(避難によって受けるリスクが家庭生活を壊す恐れがあるから)
その場所から動くことが難しいのであれば、放射線に対するあらゆる防御をしてなら暮らせるだろうということやね。
叶えるために考えたんだ。
木村さんは、「引っ越し出来るならしたほうがいい」とも言ってる。(ここは引用されないけどね)
私は、どこに住んでいても住まなきゃならなくても、だれもが年間5ミリシーベルトもの被曝を受けないようにしたい。
心おだやかに暮らせる時間を増やしたい。
元気が出ないと飛び越えることが出来ないからだ。
困難を成長のチャンスだと思えるよう。
それを鼻歌まじりで越えられるようずっと研究している。
飛び越える心の筋肉を鍛えながら、喜びでハードルを下げる。
誰にとっても応用が利くようにしあわせへの選択が広がるように、
いろんな方向から調整をしていくのが私のやりたいことだ。
私は子どもがどこに居ても守るために守る事に協力する。
誰もがイソイソと旅立っていくまで。
誰かが何か言っても、その言葉で心を痛めなくていい。
そんなことで弱ってるのはもったいないよ。
正義で人をジャッジしたり、人からの評価を気にするよう植え付けられたのは
自分が決定しない社会でトラブルを起こさないために仕組まれたことだ。
私たちが互いに干渉して弱り合うように。(なんてこった)
私たちは、震災によって自分で決定する時代に急に突入したんだ。
これは、世界が時間をかけて変わっていくはずだった来るべき未来だ。
自分たちの決定で生きる社会は自由で楽しい。
けれど、休に変わったから世の中の仕組がついてきていないんだ。
ドラブルや心を傷つけるようなことは、時代遅れの仕組や考えが残ってるから起きるんだよ。
今までの社会は、システムに貢献する人しか認めないんだ。
はみ出した人は、そっと隠して弱らせて死んでいくのを待つんだ。
中には強い人が居て、闘いながら生き抜いてきたけれど、震災やそれによって起きた事故で
はみ出した人がいっぺんに増えたんだ。
いま、置かれている状況は、昔から誰かが苦しんで生き抜いたり死んでいったりした、
昔からあったことなんだ。
だから、
私にも私の子どもにも、降りかかることだ。
一緒に越えていきたい。
もうすでに、新しい時代に似合う生き方を始めている人がたくさん居るよ。
うじゃうじゃ立ち上がってきているよ。
わたしは、自分も子どももそんな世界で生きさせたい。