橋下くん、乙武ちゃん炎上に見る

橋下くんが何か言ったとか、乙武ちゃんがレストランに入れなかったとか。
それについて炎上するのは「熱い議論」だと思う。世の中がどう考えているのかわかっていい。改善点が見えるから。

ツイートで書き込んでいるのは熱い人たちだ。 真剣に考えて熱い人。問題とは関係ないいろんな理由で熱くなってる人、掘り下げるところが私と違う熱い人。けれど、それは一部だ。何も言わないけど黙っている人もたくさん。意見がうるさくイヤなことだと感じる人もいる。「コイツが悪い」ってばかり考えると問題から遠くなる。一個の出来事からイロイロ搾り取りたいし、役立つことにつなげるのが好きだ。ずっとダメなことに腹を立てるのは体力ばっか使って何も生まないので退屈に思う。私には意見の質は得るものに関係ない。自分次第でお宝になるよ。

誰も悪くない。でもオタンコナスは居るかもしれない。社会のありかたや教育、経験がその人をつくる。 今の社会はお互い様の無い社会。毎日の中で人が育ちにくい。だって、世の中は心を育てないでやさしくなくても生きられる社会になろうとしてるし、家庭内でも妻や夫の人権は尊重しなくても誰もかまわない。本人たちさえも不感症になっている。バリアフリーの多くは健常者が楽になるだけだ。「や、かみさんなんておんなにみえないっすよ〜」「亭主元気で留守がいい』なんてことを飲み会で笑いあうほど重傷。

出来事の背景は私たちがつくってきた、みんながつくった社会や常識という偏見。原発と同じ間違いだ。原発や放射能が無くなっても同じクラスの危ういものがうじゃうじゃある。しあわせから遠くなるのは原発や放射能だけのせいじゃない。臨機応変に苦労なく生きられるには何が必要か足りないか。今出来ないことのほんとうの原因は何か。どんな悪人が居たとしても自分の心に真っ直ぐ進めないのはなんでか。
全ての出来事からその知恵をしぼりとろうと思っているのよ。それが出来ないのはオタンコナスだと思うわ。

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